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2000.12.17より


奥羽越列藩同盟


戊辰戦争の際、陸奥・出羽・越後の諸藩が新政府に対抗して結成した同盟。明治元年(1868)1月、鳥羽・伏見の戦いに勝利した新政府は、奥羽鎮撫総督を仙台に派遣して会津・庄内両藩の追討を命じたが、仙台・米沢両藩を中心とする奥羽諸藩は会津赦免の嘆願書を総督府に提出した。これが却下されると、奥羽25藩の代表は白石で会合を行い、5月3日、「大事件は列藩衆議」で決定するとの盟約書および会津・庄内追討を不当とする政府宛の建白書に正式調印し、これに長岡・新発田などの越後6藩も加盟して奥羽越列藩同盟が成立、7月、江戸から輪王寺宮公現法親王を盟主に迎えて白石に公議府を設け、陣容を整えた。新政府は征討の方針を固め、5月から9月にかけて激しい戦闘が行われたが、7月末の新潟陥落と、北越の要であった長岡藩の敗北を契機に同盟諸藩の脱落が続き、8月28日に米沢藩、9月15日に仙台藩が降伏し、9月22日の会津落城を待たずに同盟は崩壊した。


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